Soraya(ソラヤ)、乳がんと長い戦いの末の病死
グラミーも受賞したコロンビアの歌手Soraya(ソラヤ)が2006年5月10日(水)朝、永い眠りにつきました。
|
死因は乳がんでした。享年37才。EMIラテンのスポークスマンが語ったところによると、彼女はマイアミの病院で亡くなったそうです。 |
Sorayaは、1969年3月11日にニュージャージー州のポイントプレザントで生まれました。後に家族は、コロンビアへ強制送還となりますが8歳の時に、彼女は再びニュージャージーへと戻ります。
Sorayaの母親、Yamila Caves Gharibは、コロンビアで主婦でしたが、後に彼女はアメリカに移り住み夫とともに非常に熱心に働きます。Sorayaの父親も、家のローンを完了するために3、4つの仕事を掛け持ちしなければなりませんでした。
|
Sorayaは成長する一方、家の中で英語で話すことを禁止されたので、スペイン語を保つことができたそうです。
父親はアメリカへ移住する際、英語のみを話そうとしましたが、彼の母親は、いつもスペインで話したがったので父親もスペイン語を忘れなかったのです。それを娘に繰り返し言い聞かせました。
バイリンガルな歌手はこのように生まれたのです。 |
Sorayaが12歳の時、母親が初めて乳癌と告知されました。Sorayaが18歳の時母親の癌は再発し22歳の時亡くなりました。インタビューの中で、Sorayaは、母親と同じ苦痛と責任を背負わなければならないと断言します。母親に付き添い、病院へ行き来するうちに、彼女は次は自分が母親と同じ運命をたどることを悟るのです。
|
1996年に全編スペイン語によるアルバム『En Esta Noche』と、その英語ヴァージョン『On Nights Like This』で、スペイン語/英語の両方を使いこなすバイリンガル歌手としてデビューした彼女は、その美貌も相まってラテン・ポップ界の歌姫として人気を獲得します。しかし、2000年に乳ガンを患い治療に専念するため歌手活動を3年間休業。復帰後初の作品となった2003年のアルバム『Soraya』がラテン・グラミー賞のシンガーソングライター・アルバム部門を受賞するなど精力的に活動するも、病気が再発してしまい闘病生活を強いられていました。 |
Soraya(ソラヤ)はつい先頃、オフィシャルホームページにて彼女の手紙を公開しました。ファン達に向けて命を奪いかねないこのような病気を予防するよう、メッセージを送っています。
「私の物理的な生命はもうすぐ終わるでしょう。でもあなた方の心の中にいる私は永遠に生き続けるのです。私という存在があなた方多くの女性にとって役に立ち、また私の命の光が多くの家族に光を与えることを願ってやみません…私はがんに負けたわけではありません。なぜならば私がこれまで戦ってきた軌跡は無駄なものでなく、将来に向けたもっと大きな戦い、つまりこのような恐ろしい病気に対する早期発見と予防に寄与すると確信しているからです。」
|
彼女はこのように綴った。
「さあ、今度は皆さんが使命を果たす番です。皆さんひとりひとりが私のメッセージを多くの人々に届け、このような病気から人々を救ってください。皆さんが、命を奪いかねないこのような敵に対し常に注意を傾けるよう期待しています。」 |
こうして彼女の死は音楽関係者だけでなく乳がんとの戦いを続けている他の活動家に対しても大きな驚きを巻き起こしたのです。